オペラの成立
「オペラ」(opera)という単語はイタリア語で「仕事」「作品」を意味し、この語自体は同義のラテン語「opus」(単数属
格形 operis)の複数形主格「opera」に由来する。今日「opera」は単独で歌唱によって進行される演劇ないし楽曲作品を意
味するが、元来は「opera musicale」(音楽的作品)と呼んだものの省略から、この語義が生じた。
ルネサンス後期の16世紀末、フォレンツェで古代ギリシャの演劇を復興しようという動きが始まった。ギリシャ悲劇を模範に
、歌うようなセリフを用いる劇が考えられた。今日、オペラとみなされる知られる限り最古の作品は、1597年ごろのヤコポ・
ペーリ(1561 - 1633)による『ダフネ』 (Dafne)であるが、作品は現存しない。のちのペーリの作品である『エウリディ
ーチェ』は1600年以降に作曲されたもので、今日に残る最初のオペラ作品である。
ペーリはしばしばオペラの発明者であると考えられているが、今日でも上演される最古のオペラは1607年にマントヴァで初演
されたクラウディオ・モンテヴェルディ(1567 - 1643)作曲の『オルフェオ』である。この作品では先駆者の様式に従いな
がらも、調性や強弱の変化による緊張感を高めた、より劇的な表現が見られる。モンテヴェルディは後にヴェネツィアのサン
マルコ聖堂で楽長の地位を得、同地に新設された専用のオペラ劇場のために優れた作品を生み出す。この時期にはイタリア各
地でオペラが上演されるようになり、18世紀に掛けてナポリで隆盛を極めた。様式は朗唱だけでなく歌謡的なアリアの比重が
高まり、伴奏の規模も拡大して、より充実した音響効果がみられるようになる。衣装や舞台装置も徐々に複雑できらびやかな
ものとなり、オペラ劇場は王侯貴族や富裕な市民の社交と娯楽の場としても発展した。
グルックによるオペラ改革
18世紀前半のバロック時代後期のオペラには、ドイツ出身でイギリスで活躍したヘンデル(1685 - 1759)や、フランスのラ
モー(1683 - 1764)などに優れた作品があったものの、その他の多くには、特に本場イタリアでは、カストラートをはじめ
とした人気歌手たちの声と技巧をひけらかすことを第一の目的とし、筋の方は支離滅裂で珍妙なものも増え、劇としては堕落
の様相を呈する傾向があった。また、バロックオペラのスタイルも誕生から百数十年が経ち、制度疲労と硬直化を見せるよう
になった。そうした状況のなか、18世紀後半、古典派音楽の台頭とともに登場したのがドイツ出身のグルック(1714 - 1787
)である。彼は、歌手のためにオペラがあるのではなく、オペラのために歌手が奉仕するような、あくまで作品とドラマの進
行を第一とするような方向にオペラを再び立ち返らせ、ドラマの進行を妨げる余計な要素を一切廃したスタイルのオペラを書
いた。当初はオーストリアのヴィーンで、後期はパリで活躍するが、当然のことながら旧守派と激しく衝突し、ことにパリで
の争いは歴史的にも有名である(後述)。改革されたオペラの第一弾は、ヴィーン時代の1762年に初演された『オルフェオと
エウリディーチェ』であった。パリ時代の作品には、『アウリスのイフィゲニア』(1774)などがある。
彼の「オペラ改革」は、後の時代に大きな影響を与えた。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
オペラを一度鑑賞しに行ってみたいです。
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